かちがわ通信

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クリスマス???

昨夜はクラブのクリスマス家族会を東野町のグランドティアラで開催。特に今年は人数が多く、メンバーと家族を合わせて総勢160人 広い会場もいっぱいです。アトラクションのイリュージョンも大好評でした。

さて、今日はクリスマスイブ。家族中心のクリスマスになってから、大きな宴会も少なく個人中心のご予約がほとんどです。本来の意味からどんどん遠ざかり、今や○○○商戦のひとつ・・まあ、消費を促すという意味では結構なことかもしれません。イルミネーションもクリスマスというより冬の街を彩るイベント?で何が何だかわからなくなっています。

先日作家の五木寛之氏が、スポーツや政治、医療現場での見聞を例に挙げ「世の中が鬱(うつ)の気分に満ち満ちている」として、「バブル崩壊とともに鬱の時代に入り、これからも続く」と書いているのを新聞で見ました。
戦後の五十年間を躁(そう)の時代とし、民主主義や経済大国などに夢を持ち「国民の目は光っていた」と、時代を対比させながら移り変わりを解説しています。

確かに戦後の高度成長(池田内閣の所得倍増、田中内閣の列島改造)期には、明確な目標(米国)に向かって国全体が、高揚感に浸っていました。しかし、バブル崩壊で冷や水をかけられると、その方向はこころの内へと向かいます。この辺りが五木氏が「鬱」と称するところかもしれませんが、「目標」があっても、実現できない場合が圧倒的に多いのですが、個の中のジレンマを共有する術が、なかなか見つからないために挫折感に到達し「鬱」状態になります。
しかし、五木氏は「鬱」について「プラスの言葉。草木が勢いよく茂ることであり、生命力があふれるさまをいう。悪いことではない」と紹介。躁の時代には泣く、悲しむ、涙を流すことはタブーとされたが、鬱の時代には「躁の時代の哲学を強行してもナンセンス。喜ぶことも大事だが、悲しむことも大事。笑うことも大事だが、涙を流すことも大事」とも説いています。

先ほどのクリスマスの件もそうですが、人口減少の時代を迎えて、社会全体が凝縮して行く過程を、煮詰めて昇華させるのではなく、器を小さくしながら水を減らす事が大切と思う今日この頃です。

久しぶりに暇だったので長文になりました。

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