かちがわ通信

春日井市勝川発のまちづくり情報発信中!! 自立分散型、みんなでやらないまちづくりに取り組んでます

仁からの情報です

商店街で喫茶店をしている「仁」から大弘法のMLで情報提供です。
そのままコピーして貼り付けてあります。長文ですが納得ですので
頑張って読んで下さい。


昨日の朝日新聞でこんなの見つけました。

2005年6月25日朝日新聞朝刊  私の視点
◆まちづくり 規制ではなく努力で再生を      兵庫県立大教授(地域活性化論)中沢孝夫 

中高年世代の都心回帰が指摘されるようになり、地方都市でも駅周辺へのマンションの建設が見られるようになった。生活するのに便利な商業地が値下がりしているからである。とてもよいことだ。
 しかし、周辺に消費者が戻ってきたのだから商店街の人たちが喜ぶかと思っていたら、どうもそうばかりではないらしい。地価の値下がりを嘆く商店主が多い。彼らの多くが不動産管理業に転換しているのだ。
 値下がりしたとはいえ、なお県庁所在地クラスの都市の中心商店街の家賃相場は、坪当たり1万円から1万5千円などといっている。この家賃では消費者金融や英会話の学校などを除き何業も成り立たない。
 中心市街地の活性化に弾みがつかない原因の一つに、まだ地価が高すぎるという側面がある。マンション建設だけではなく、商業の新規参入が可能になるまで下がってもよいはずだ。
 行政の補助金で空き店舗を活用した「チャレンジショップ」などが成り立つのは、開業希望者がいることを物語っている。それなのにシャッター通りが増えたのは、店舗を貸さなくても他の収入やストックで生活できる店主が多いからだ、という理由もある。
 ところがいま、日本商工会議所などの「要望」によって、「まちづくり三法」(中心市街地活性化法大店立地法、改正都市計画法)の「見直し」の動きが進んでいる。中心市街地の活性化を、郊外型大型商業施設の規制によって求めるという本末転倒な考え方である。
 かつての大店法規制(73年)により、結果として郊外に大型店を追いやり、市中にコンビニを登場させたという苦い経験をまた繰り返そうとしているのではないのか。
 郊外の大型店にお客が集まるのは、そこに集客の努力があるからであって、クルマで行きやすいといった単純なものではない。大型店のなかにも苦戦している企業はいくつもあるのだ。大型店の規制を求める人たちは、空洞化が進む中心市街地の当事者の「努力の不在」をもっと問題とすべきではないのか。
 一方で、たとえば青森市のように、車道を狭め歩道を広げることで徒歩や自転車で来る客、あるいは障害を持った人たちを大切にし、さまざまなイベントや工夫を積み重ねて、通行量を2割、3割増やしている「まち」もある。そこには関係者のひとかたならぬ努力がみられる。大切なのは規制ではなく、再び「まち」を取り戻そうという意欲と努力だろう。
 全国の中心市街地を50カ所以上調査してきたが、空洞化している地域の商店主の「まち」への無関心さに驚く。駅前の一等地は公共財の一種であるといった意識は非常に乏しい。
 もし特定の中心市街地が当事者の努力なしに、永遠に「中心」であり続けるとしたら市場経済は成り立たない。最初に中心地を手に入れた人間の子孫は資産家であり続けることになる。中心地に参入する余地がなかったから「郊外」の側が努力し、その結果、むしろ「中心」が移動したという面があることにもっと目が向けられていい。
 中心市街地への政策的な支援は現行法で十分であろう。集客施設の誘致に何億円もの補助金が支出されたり、マンション建設への支援が打ち出されたりと、中心市街地は郊外の小売店と比べてなお幸せである。